#8目標がわかるときとわからないときの対処法

極論、人間には二種類の状態しかない。

目標がわかっている場合とそうでない場合である。
前者であれば、話は簡単だ。
わかっているんだから、そこに至までの道筋がある程度立てられる。
あとはその道筋にしたがって、ひとつひとつのやるべきことを書き出しそれをやっていく。
そのときにできるだけ具体的なアクションに落とし込むこと。
抽象的に、勉強を行うというよりも、なにをやるか、どこまでやるか、など具体的にすることによって
その精度や速度をあげることができるだろう。
とにかく、よりタスクを具体的に落とし込んで、あとは泥臭くひとつひとつをこなしていく。
今なにができるかということを問いそして、実際にそれを遂行していく。
つべこべいわず、とにかくやっていく。
場合によっては時間がかかることもあるだろうが、目標がわかっている分、なにかしらのことはできるのだからそれをただただやればいい。
問題は後者の方だろう。
目標がわかっていないのであれば、道筋をたてることはできない。
ということは具体的なアクションもなにをやるのかもなかなか難しい。
なにもわからないということは、なんでもありということだから。
ある意味で選択肢は無数になってしまう。
しかし、この目標がわかっていない場合はとにかくなんでもいいから動くしかない。
極論、頭にある考えをすべてやりつくすくらいの勢いで手当たり次第やっていくしかない。
その中で、なにかの光が見えたり、やっぱり見えなくなったりを繰り返していく。
その中でも、何かしらの行動をすることによりおぼろげながらでも新しい輪郭ができてくる。
そして、その輪郭はやがて明確なものになっていく。
だからとにかく目標がわからないのであれば、、とりあえず、動いたり、人にあったり、なにかを調べたりと
模索していくしかない。
目標がわからないときこそ、行動力が求められるのである。