コラム

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覚醒の合図

あなたは眠っている。 まだ深い眠りの中にいる。 これについてあなたは素直に納得できるだろうか。 なにをバカなことをいっているんだ、 そもそも眠っていては、この文章が読めないではないか。 この文章を読んでいる、ことがそもそも起きている証拠ではないだろうか、と思うかもしない。 しかし、もちろん、私はカラダの目覚めについていっているのではない。 精神の深いところにあるモノの目覚め、覚醒についていっている […]

遊びとは能動性の極み

遊びというのは非常に特殊な領域にあるものである。 なぜならば、遊びというのはその本人に遊んでいるという自覚がないと遊びとはいえない。 仮にゲームをやっている人がいるとしよう。 もちろん、その人がそれをやりたくてやっているのであれば、それは遊びとして成立する。 しかし、ゲームなんて大嫌いだという人がゲームをやらされているとしたら、それは遊びにはならない。 苦痛な作業となるだろう。 でも、それなら他の […]

#13理解とは支配

なにかを理解するということは、それはそのまま支配するとういことい近しい。 たとえば、 英語ができる人というのは 英語をよく理解できているとえる。 多少知っている程度では流暢に話したり、難しい文章を読むことはできない。 ネイティブではあれば英語がカラダに染み付くほどにより深い理解ができている。 当然、そういった人は英語を使いこなせる、支配することができる。 これは対人にもどうようのことがいえる。 人 […]

#10自由には責任が伴う、改め…

やりたいことをやる 好きなことをする 好き勝手やることの自由の中には いつでも当たり前のように言われてきた責任が内在する。 これは当たり前の話で なにかモノを欲しがるという自由には それの対価としてお金を支払わなければいけないという責任が生じるのは誰もがやっており、 やらないのであれば、捕まってしまう。 こういう社会構造が今は当然のようになりたっている。 これはごもっともな話であり、どこにも異論は […]

#9もしも一万円もらえるとしたら?

人間は現金なものだ。 その性からはなかなか抜け出せない。 で、あるならば、その現金な性質を利用してやればいい。 たとえば、 あなたの目の前にひとつやらなければいけないものがあるとする。 それはある人にとっては、 皿洗いだったり、 誰かに連絡をすることだったり、 役所にいくことだったり、 ちょっとした資料をつくることだったり、 電話一本いれることだったり、 英語の勉強でたったひとつの単語を覚えること […]

#6人生において最も重要な能力とその養い方

人生をより良く生き抜くために最も必要な力はなんなのか? 戦国武将の代名詞である 織田信長 豊臣秀吉 徳川家康 この三人は特段、すぐれた能力を持っていたと思われる。 信長であれば、カリスマ性や革新性 秀吉であれば、人たらしや策略家 家康であれば、やはり忍耐力であろう。 もちろん、それ以外にもいろいろな力を備えていたに違いない。 では、この3人の中で最後に勝った誰だったか? それは言わずもがな、徳川家 […]

#5 ワクワクなんてクソくらえ!

願望実現の世界ではことあるごとにワクワクが推奨される。 もちろん、なにかをはじめていくという時はこのワクワクはひとつの大きな指針となることは確かであろう。 しかし、それはあくまで最初であり、結局、夢を実現させてくれるのは ワクワクではなく、コツコツである。 そしてコツコツは時に、ワクワクと正反対の感情を抱く。 特に出てくる感情は憂鬱である。 いくら努力やコツコツを重ねても、全然自分は成長していない […]

#4 真の成功はカタツムリのように進んだときに訪れる

スローサクセスの基本はカタツムリである。 ついこの間このブログのキャッチコピーも よきものはカタツムリのように進む に変えた。 これはあのインド独立の父であるマハトマ•ガンジーの言葉である。 そう大切なのはかたつむりのように進むことである。 ガンジーの言葉を逆なでて考えてみると、カタツムリのようにしか進んでいないということは それは非常にいい感じで進んでいると解釈することもできるだろう。 日々の地 […]

信じることができないのは裏切られるのが怖いから

結局、つきつめて考えてみると、なにかを信じることができないのは、信じて裏切られるのが怖いから。 信じてそれが報われないのを恐れているからではないだろうか。 信じるとはある意味で一方的な行為であり、一方通行の思いである。 つまり、それは結果とは本当のところなにも関係ない。 信じるから結果が確実でるとは限らない、でも信じることはいつでも誰にでもできる。 しかし、それを自分から拒否してしまうのは結局のと […]

あのときやっておけばよかったは○○○

あの時、もっとこうしておけばよかったというような後悔は誰もが思うことだろう。 卑近な例でいえば、学生の時にもっと勉強しておけばよかった、というような思いである。 もしそうであるならば、もっと違った人生を歩めていたかもしれない。 ただ、そんなことを思ったところで、なんの進展もない。 だからこそ、もしもそういう思いがあるならば、今やるべきだ。 もっと勉強しておけばと思うならば今勉強するべきなのである。 […]